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カギの数

 2013-09-14
昔々、バックパックを背負っていろんな場所をふらふらしていた頃、宿に泊まると必ず確認していたことがあった。それは部屋のカギのことである。

ほとんどその場で泊まる場所を決めていたうえ、安い宿ばっかりだったので、セキュリティとか、門番とか、そういうのがあまり期待できないところが多かった。

だから、カギがどのくらい厳重にロックされるか、窓に鉄格子が入っているか、有刺鉄線が張り巡らされているか。そういう情報はとても大事なことだったし、その地域の治安を計る指標にもなった。

日本に帰って、自分が住んでいたアパートのカギは1個だけだった。
鉄格子もなく有刺鉄線もなく、簡単な構造のカギが1個だけ。ずいぶん拍子抜けしたが、それだけ治安が良いってことなのかしらと思った記憶がある。

さてイタリアに住むようになって、キーホルダーにぶら下がるカギの数は一気に増えた。アパートの敷地に入るのに1個、建物に入るのに1個、部屋に入るのに2個のカギを使う。この4つのカギがないと、帰ってきても部屋に入れない。

別に治安の悪い場所に住んでいるわけでもない。
夜遅くなっても開いている店があって、ぶらぶら歩いている人もいる。外のベンチで酔いつぶれて寝てしまっても、大したトラブルに巻き込まれるとも思えない。財布くらい取られるだろうけど。

でもカギは4つである。

ちなみにローマに住んでいた時も家に入るまでに3つのカギが必要だった。建物の入口に1個、部屋に入るときに2個である。ここも別に治安が悪いわけでもない。

でも安全のため、念のためこのくらいのカギを用意するのであろう。たぶんこの国では、安全に対する考え方が少し違うんだろうなーと思うのである。


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それでもメルカート

 2013-08-25
先日も書いたが、ミラノのメルカート(市場)はちょっと面倒くさい。
でもそれでも行くのは、雰囲気が楽しいし、ちょっとした散歩にちょうどいいなどの理由もあるが、珍しい野菜が手に入るってのもある。

メルカートには当然いろんな国籍の人が来るわけであるが、そこで働いているおやじの国籍もいろいろである。イタリア、バングラデシュ、北アフリカ系などなど。国際色豊かなのである。

そしてバングラデシュや北アフリカ系など、イタリア人でないおやじがやっている店に行くと、珍しい野菜が手に入る可能性が高い。

昨日の収穫はゴーヤである。

イタリアでも全く手に入らないわけではないが、スーパーではまず置いてない珍しい野菜のひとつ。あわてて2本買う。

「これどこから持って来たの?」「インドからさー」などとバングラデシュ人のおやじと話をしていると、隣にいたイタリア人のおばちゃんがまじまじとゴーヤを見ている。
「これなに、見たことないわー。野菜なの? どうやって食べるの?」と聞かれる。

まあ...たしかに得体の知れない風体はしてるわな。

おやじは「タマネギと炒めるとうまい」と言い、自分は「ベーコンとタマゴと炒めるとうまい」と言う。

「で、どんな味がするの?」と聞かれたので「うーん、ちょっと苦い」と答えると、おばちゃんは不思議そうな顔をしながら2本だけ買っていった。
大した会話ではないが、こういうやり取りは楽しい。

ちなみにこの店にはほかにツルムラサキ(多分)があった。
おやじに「これなに?」と聞くと自信満々でほうれん草だと返されたので、いまいち確信はないが、とりあえず500gぐらい買ってみた。

どうやって食べようか、今から楽しみである。


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ミラノのメルカート

 2013-08-24
土日になるとよくメルカート(市場)へ野菜を買いに出かける。
大抵のものはスーパーで買うよりやすいし、ちょっと近くをぶらぶらしたいというテンションの時にちょうどいいのである。

家からそれほど近くないのが難ではあるが、土日だけ路上に店を並べているというメルカートがあり、日用品や洋服、カバン、野菜、チーズなどの露店が並ぶ。
この雰囲気がたいへんいい。

122.jpg


ところがミラノのメルカートはローマと違ってちょっとやりづらい。
その一番の原因は、店のおやじが野菜を選ぶことである。

イタリアではスーパーで並んでいる野菜でも、基本的には素手で触ってはいけないことになっている。野菜売り場には必ず備え付けのビニールの手袋があって、それをはめてビニール袋に入れ、自分で重さを量って値札を貼付ける。これが一般的なスタイルである。
きっと気にする人がいるんであろう。

メルカートにはそんなビニール手袋なんてないから、客は勝手に触ってはいけない、ということなんだろうと思う。欲しいものを店のおやじに伝え、袋に入れてもらわないといけない。

このルールに則って、たとえばトマトを500g欲しいと伝えたとする。

まず「500g?たったそんだけ?」と言われ、店のおやじは誰かと話をしながらトマトを袋に詰める。たいてい野菜はキロいくらで売られているので、それを量りにのせるのであるが、だいたいいつも900gぐらいあるのである。

500g言うたやんかー!

店のおやじは減らすでもなく気にするでもなく、当たり前のように「で、あとは?」と聞いてくる。

だから500gやっちゅーねん!

まあいつものことであるので、ホントに多い場合は袋に入れている段階で「ちょっと、多い多い」と止めるのであるが、誰かと話をしながらそっぽを向いて袋に詰めているので、基本的に聞こえてないふりをするのである。
しかもおやじはそっぽを向いたまま、さりげなくぶよぶよのトマトなんかを袋に滑り込ませるのである。

はっきり言うが、神業だと思う。
みんな手品師になってしまえばいい。

そういうわけで、野菜を買う時はいつも量を確認し、腐ったものが入ってないか確認し、値段がごまかされてないか確認しないといけないのである。
もはや戦場である。

これがローマでいつも行ってたメルカートだと自分で野菜を触っても何も言われないので、好きな野菜を好きな量だけ選んで入れられる。
余計な戦いがないって、どんなに楽なことか。

これがミラノとローマの違いなのか、それとも私たちが行くメルカートがたまたまこうなのかは分からないが...。

自分で野菜を触っていいメルカート、大募集中なのである。


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ミラノのバスも...

 2013-08-04
ミラノのバスはローマほど適当ではない。
何十分も待たされることはないし、何よりバス停には「あと何分」と表示される電光掲示板がある。
そこに4分と書いてあれば、本当に4分(くらい)で来るのだ。これは画期的な出来事である。イタリアもやればできる。

と思ってトラム(路面電車)に乗っていたら、突然「終点ー!」と言われ問答無用で降ろされた。

嘘つけー、ここ終点ちゃうやろー!

確かにそのトラムは途中区間だけを運転することがよくある。東陽町で止まる東西線みたいなものと言えば分かりやすいだろうか。いや、分かりにくいか。
だからこそ、行き先をちゃんと見て乗ったのである。

降りた先で乗客が運転手に詰め寄っていたので輪に入ってみると「この先はブロックされている」とのことだった。

ブロック…じゃよく分からんけどな。

イタリアの曖昧表現の妙である。
理由はよく分からんけど、ブロックされてるから先には進めない。理は通っているが、イマイチ煙に巻かれているようで釈然としない。
ちなみに電車やバスが止まる理由はたいてい「bloccato(ブロックされている)」か「lotto(壊れた)」のどちらかである。
そう考えると情報がさっぱりしているのも悪くない。

結局家にはバスを乗り継いで帰った。


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ローマとミラノ

 2013-07-28
しばらく更新していなかったが、実はその間に引越しをした。
あまりにも機能しないローマに嫌気がさした...わけではなく、単なる仕事の都合である。どちらかと言うとローマには未練が残っているが、ともかく引っ越すことを選んだ。

新しい住所は同じイタリアでもずいぶんと北のほう、ミラノである。

ここまで来ると距離的にはスイスやフランスの方がずっと近くなる。
スイスなんか車で1時間で行けるらしい。だからなのか、同じイタリアの街ではあるがローマとは文化圏も雰囲気もいろいろ違う。

まず、バスが時間通り来るのである。
ローマでは15分に1本のバスが30分待っても来ない、なんてことはざら。目的地に時間通りたどり着けるなんてこと自体が「幸運」なのである。
ところがこの街のバス停には電光掲示板が設置されていて「あと何分で到着」なんて情報が掲示されている。そしてその時間通り、バスが来る。

メトロなんか1と1/2分と表示されているのである。
「1/2分」などという細かい時間単位に革命的なカルチャーショックを受ける。

一般的な話であるが、イタリアは北に行くほど都会になり、逆に南に行くほど原始的になる。南の方がのんびりしていて、システマチックでなく、人間味が強くて、物価が安く、仕事も少ない。

ざっくり言うと「ちゃんとしてない」ってことである。

反対に北は物価は少し高いが、経済的にも発展している。よくも悪くも都会と言ったところ。その北イタリアを代表するのがミラノである。

2012-10-02 14.58.06
ミラノの街。遠くのほうに見える高層ビルが見えるけど、ローマにこんな景色はない。

そんなミラノを、ロマーノ(ローマ人)が形容するときによく使われる単語がある。

「brutto」という言葉で、イタリア語で「醜い」という意味だが「好ましくない、見苦しい」などの意味にも使われる。「あんなビルばっかりで面白味のない街のどこに魅力があるんだ」ということなのだろう。

確かに2000年前の遺跡がその辺に転がるローマに比べれば分が悪いとは思う。見るべき観光地だってドゥオモと最後の晩餐くらいしかない。ただ個人的には経済的に発展しているミラノへの嫉妬もあるんじゃなかろうかと思う。

ともかくそんなBruttoな街に引っ越してきました。
今後はここでまた、イタリアの悪口を書こうと思います。

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